資本と物質、そして人材に「流動性」なる概念を付与して、国境を越えて、それらを自在に往来させる、現在のグローバル経済なるものは、フォン・ノイマンの「ゲーム理論」に基づくものです。
限られた(経済)市場で、コストを最小限にして、利益を最大限に得るという原理は、経済面においては当たり前だと思われがちですが、それが過剰に先鋭化して、地球規模(グローバル化)になってしまったことは、世界各国の一般国民にとっては、これまでよりも遥かに大きな、経済的な困難と心理的な苦痛を強いるものとなりました。
派遣労働者を急増させる一方で、自らの派遣会社は莫大な利益を上げるという「構造」を作り出した某財界人の最大の過ちは、人間は、資本や物資とは異なる「血の通った存在である」という事実に対する、認識不足だと言いたいところですが、彼は「離婚し易くすれば、結婚する若者も増える」と、人と人の関係性(絆)にも「流動性」を持ち込んで語っていたので、全て承知の上で、資本、物資、人間を同列に扱ったのではないかと思います。
「世界に平等を齎(もたら)す」と言えば、非常に耳触りは良いのですが、世界が一体化して平均化するということは、僅か20%の先進国の生活水準は、現在よりも遥かに低くなるということになります。
家族にも流動性を強いられる状況が、これから先も継続、或いは進行するのであれば、謂わゆる上級国民以外の大多数の国民の生活は、これまで以上に苦難に満ちたものになることが、容易に推察されます。
「平等に貧しくなろう」「女は結婚したら負け」等という言葉で、女性に向けて「お一人様」なる生き方を推奨していたフェミニストが、自身はタワマンに住み、BMWのオープンカーに乗り、非婚だけでなく離婚まで推奨しておきながら、こっそり結婚までしていたという事実を鑑みれば、世間に流布される情報の多くは、何らかの「世論の醸成」を図ったものであることが、自ずと理解出来ます。
歴史的にも、社会を崩壊させるにあたって、Divide & Conquer (分断と征服)という手法が繰り返し用いられて来ましたが、現在の日本社会に於いても、感情に支配されがちな女性に向けて、男性への不満、憎悪、反発が、オールドメディア(新聞、テレビ等)を通して繰り返し発せられ、意図的に「男女間の対立が作出されている」ように思います。
世界的に困難な時期(Hard Times)であるからこそ、男女が互いに手と手を取り合って、困難を乗り越えて行く気概が必要であると、私は思います。
※昨今のメディア報道があまりにも偏向しているので、ついつい長々と語ってしまいました🙇(妻が某新聞社勤務でした)。